適応障害で東京から田舎へ引っ越ししたらちょっと体調が崩れた

田舎道 休職ブログ

休職2ヶ月からの退職を選択したのだが、退職後に気になるのはどうやって次の仕事を見つけるかだ。実は年明けに実家のある田舎に引っ越しをした。

「こっち(田舎)に戻ってきてもいいんだぞ」親父の言葉

社会人生活はずっと東京だったので都会に慣れている。数年前起業をしようと一度田舎の実家に引っ込んだことがあったが事業がパッとしなかったのと、そもそも田舎と東京だとどうやら都会の方が肌に合っているらしく、東京に戻ってきた。そんなわけで、休職を決めた時も「おそらく元の会社に復職は不可能だろうな」と思っていて、「職探しなら東京だし大丈夫か」と思っていた。ところがその考えはひょんなことで変わった。「こっち(田舎)に戻ってきてもいいんだぞ」の電話先の親父の一言だ。普段はLINEも未読スルーの親父だが、「休職した」とLINEでメッセージを入れた時にすかさず電話してきたのはお袋ではなく、親父だった。本人いわく「俺はやるときはやるんだ」確かに普段のほほんとしていても、有事の時の親父は普段では見せない機敏な行動を見せる。

休職期間に気分転換で旅行 家族で南の島へ小旅行

休職中動けるなら旅行はおすすめ

休職1ヶ月がすぎて、2ヶ月目に突入した頃だろうか、(独身一人暮らしの休職の盲点:孤独感)でも語ったように、メンタル疾患で休職し、しかもこのコロナ禍でなかなか人との接点が持ちづらいなか家や近所だけを散歩というのも散歩尽くした感すら出てくる。しかも休職1ヶ月間はずっと曇り空か雨という、セロトニン生成には大切なお日様を拝めない始末。お日様を浴びれないことと、人と会話ができない状態は結構キツかった。そんなわけで休職中に気分転換で種子島へ行ってみた。なぜ種子島かといえば特に理由はないのだが、鹿児島からトッピーという高速船が出ていることは知っていたが乗ったことがなかったからだ。屋久島でも良かったのだが、種子島の方が近いのでとにかく鹿児島の離島に上陸してみたかった。2泊3日島で過ごしたのだが良かった。青い海に囲まれ、収穫済みだったが辺りはさとうきび畑。高台に行けば島を全部俯瞰できるのではないか、といった大パノラマを見ることができた。よくウミガメの放流でニュースに出る場所にも行った。エメラルドブルーの海もさることながら、砂浜の白さも綺麗だった。街頭どころか民家もまばらだったので夜は満月の時期だったが星が綺麗だった。海岸沿いに宿を取ったので、月に照らされた海辺が綺麗だった。休職中に急に「そっち戻るけど、ちょっと南の島に行ってくる」といったものだから両親も急遽仕事を休んでついてきた。メンタル病んだ息子が、南国の島に行って”良からぬことをしようと考えているのでは”と思ったらしい。「あいつを一人にしては行けない」と。状況が状況なだけに心配するのも無理もない。メンタルを病むと周囲も巻き込まれるのだと実感した。もし家族や周囲にメンタルを病んだ人がいたら、接し方は気をつけた方がいいと思う。必要以上に同調すれば自分もストレスを感じてしまうと思う。

休職期間中無理は禁物 温泉で湯当たり・飲酒で気分ダウン


旅行中の天気は最高で、しかも南国。1ヶ月間お日様を浴びれずにジトジトした環境にいたのでソーラーパワーを注入された。島から戻って温泉に家族で行ったのだが、それも良かった。流石に休職1ヶ月だとまだ体調は回復していなくて、湯当たりをして体温が38.3度まで上がった。久しぶりの実家なので親父との会話も盛り上がってアルコールを口にしたのだが、まだ早かった。気分が沈んできたので帰省の後半はアルコールを飲まないようにした。ノンアルコールのビールと酎ハイを飲んでいた。初めはノンアルは違和感しかなかったが、休職期間はノンアルにだいぶお世話になった。ひょんなことから家族水入らずの小旅行になったのだが、楽しかった。こういった時間を大事にしたいなと思った。両親ももうすぐ定年なのでもし彼らが望むのであれば、あちこち旅行に連れ回したい。でも悲しいかな、人間歳を重ねて金銭的な余裕も時間が出てきた時についてこないものがあるそれが「健康」です。リタイヤしたら色々なところを見てみたい、回ってみたいと思っても体がついてこないという話はよく聞く。

旅行で気づいた家族との時間と健康の大切さ

だいぶ本題から外れ、休職期間の家族での小旅行の話題になったが、この旅行で気づいたのは家族との時間と健康の大切さだ。家族とも未来永劫時間を過ごせるわけではないし、バリバリ働いて健康を崩したら元も子もない。加齢も否めない。今回確かに多忙でストレスフルな環境であることは否めないが、過去と比べるともっと悲惨な場面はあった。おそらく若いパワーででその逆境を弾き返せたのだと思う。だから自分でも気づけば急に動けなくなったことに驚いた。まだいけるの判断は、過去の自分のペースを元にしていたのであろう。だが、もう若くない。体力は自分も気づかないうちに落ちているため昔なら乗り切れる障害につまづいたのであろう。そう私は思う。

コロナ禍で東京在住のメリットが根本から崩れた

人生100年時代、アラフォーなのでまだ折り返し地点にもたどり着いていない。しかも世界はコロナで外に出れない状態だ、都会は人が集まり、多様な人が集まるが故にいろんな新しいこととが生まれる。外に出ればいろんな新しいことに触れられる。東京だと気づかないだろうが、カフェや居酒屋など飲食店は多い、これはそれだけ情報交換が生まれるということだ。田舎ではお茶をする場所もなければ、移動は自動車なのでお店で飲むということも簡単ではない。またそもそも人がいない。もちろん人それぞれだが、私のように新しいものに触れたいタイプの人間は都会に集まる。だが今は集まれない。今後このコロナ禍がどうなるかはわからないが、少なくとも2021年は東京に居ようがそのポテンシャルを発揮できない。なぜなら人と触れ合えないからだ。しかも都会は家賃が高く、黙っているだけでお金は無くなっていく。そういうわけで一旦引っ込むということを決断した。正直コロナも怖い。仕事に関してもずっと自分でビジネスをしたいという思いがあったので、一度失敗しているが再度チャレンジしたいというのが私の心の声だし、症状が再発するというのが一番避けたいことなので自分のペースで働きたい。

田舎に戻るのであれば休職期間中に2、3週間田舎で過ごしてから決めたほうが良い

そんな感じで半ば避難的に戻ってきた田舎なのだが、生活に慣れるまでに1月はかかった。初めの1、2週間は「失敗した」レベルで落ち込んだ。死別や恋人との別れ並みに引っ越しはストレスがかかるものと知ってはいたが、やっぱ東京にいる友人や元同僚と離れるのはいくらLINEなどでいつでもやりとりができるといっても寂しい。引っ越ししてから1週間「実は調子悪い、寝れんかった」と両親に告げた時は両親が凹んでいた「実家ですら行き場がなければアンタ次は病院行きだよ」確かにその通りだ。もし、同じく適応障害で休職し、大半の時期を都会で過ごして、田舎に戻ろうとしているのであれば、2、3週間田舎に帰ってシミュレーションしてから決めたほうが良いと思う。そのくらいの期間があれば田舎の良いところだけではなく、ネガも見えてくるので冷静な判断で、都会に残るかそれとも田舎に帰るかを決められると思う。

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