医師の診断書に書かれた適応障害の文字。会社に報告して休職で悔しい気持ちと安心した気持ち

医師の診断書イメージ 休職ブログ

メンタル不調。医師から「適応障害」と宣告される

2週間おきの通院で自分の病名が「適応障害」と知らされた。自分のメンタル不調の症状(抑うつ気分、睡眠障害、食欲不振、物事に興味がなくなる)から「もしかしてオレ適応障害では?」と思っていたのでビンゴだった。

適応障害イコール治療法は休職ではない。適応障害でも働きながら病気を治していく人もいる。友人でもメンタル患った経験者がいる。その人は躁鬱だ。「半年は土のように寝てた」とか「起き上がるのも数ヶ月は無理だった」とかいっていた、話を聞くと病院に通うも無理して働き続けて体調不良が慢性化したように私には見えた。十年近くたっているというのにまだたまにぶり返している。友人みたいにはなりたくないので私はスパッと動けるうちにしっかり休んで体力を回復させようと休職を判断した。

人事と相談。適応障害の診断書を会社に提出して休職開始

以下は自分の病名が適応障害と知った翌日、休職のために医師の診断書をもらいにいった場面である。

新宿のクリニックを少し離れたビルの1階で、先ほど医師から頂いた封筒を開け、先ほどもらったばかりの診断書の内容を確認してみた。

傷病名:適応障害

抑うつ気分、易疲労感、不安、不眠などの症状などがあり労務不可な状態である

引用:心療内科医師の診断書より

改めて自分は今、病気なのだと実感した。医師の診断書をもらうために午後半休。会社は休んでいるので、ゆっくり歩いて家に帰ってみようと思った。ビルの合間から久しぶりに見る夕日が綺麗だった、オレンジや紅など様々な色が混ざっていていた。仕事の帰りはいつも夜中なので、こんな綺麗な夕日も見ることがなかった。健康のため二駅ほど歩いて帰るのだが、夕暮れ時と夜中では色彩の数が違う。ここ数週間、いやもしくは数ヶ月、私の色彩は白黒、セピアなど単調なものになっていた。

場面は診断書をもらう前のクリニックの待合室に遡る。クリニックの待合室では光が眩しくて目をつぶっていた、コロナでマスクのせいなのかと思ったが呼吸も大きく、意識しないと苦しかった。前日のクリニックで私の病気が「適応障害」であることを医師から知らされた。ネット検索をし、自分の病名のあたりはついていた。適応障害の主な症状は私が今抱えている症状に心当たりがあるものばかりだ。「適応障害」は休息をすれば治ると知識を得ていたので病名を聞かされた時から「まず休職しよう。仕事どころじゃない」と心は決めていた。

休職のため医師の診断書がもらえるかの不安は「大丈夫です、今日診断書は出ます」で吹き飛んだ

今日クリニックにいるのは休職のために診断書をもらいに来た。朝、担当人事に休職の相談をしたら、診断書を持ってきてくださいとのこと。診断書を提出すれば明日から休職に入る予定だ。昨日と比べると今日はわりかし、声も元気で調子が良いので医師から診断書を書いてもらえるかが不安だった。でも、いざ自分の呼吸や、目から入る情報に耐えきれず目を瞑っている状況を客観しするとやはり普通ではないのだろう。もう一杯一杯だ。医師に「どうされました?」と聞かれ「休職に入りたいので会社から診断書をもらってきてください」と告げた。医師は診断書が出るかどうか私が不安に思ったのを察してか「大丈夫です、今日診断書は出ます」と優しく結論から述べてくれた。「今日診断書が出る」という言葉にホッとした。「ひとまず休職は1ヶ月で書いときますけど、状況をみて延長もできますからご安心を。」とスケジュールの調整をした「まずはゆっくり休んでください」と医師はいい問診は終わった。診断書は4000円くらいだったが私にとっては大事なもの。休職手続きにも、傷病手当の申請にも必要な書類だ。

診断書を背負ったバックの中に入れ、今後の休み方について考えながら気晴らしに歩いて帰る途中、不意に涙が出てきた。ちょうど新宿のサラリーマンが定時で退社する時刻、誰もすれ違う人の目なんか見ないだろうが、あまりにもあふれてきたのでバレないようにサングラスをかけた。マスクの中を涙が伝う。複雑に入れ替わる感情は大きくこんな感じだ。「やっとゆっくりできる開放感」「こんなになるまで自分自身に気付けなかった情けなさ」「悔しさ」「引き継ぎとか仕事より、今は自分の健康を第一に考えて下さい」といてくれた部下の言葉のありがたみ。これらがものすごい勢いで渦を巻いていた。

今朝は休職の準備でバタバタしていて、肝心の私をその会社に引っ張ってくれた海外の上司に連絡してなかったことを思い出し、他の人伝いに私のことを知るのもいけないだろうと事の経緯の一報を入れた。数分もしないうちに返事が返ってきて私の体を気遣いってくれる暖かいメッセージが返信された。西新宿のビルの影で肩を震わせながら泣いた。ごめんなさい。ちょうど日付も同じ二年前に私を拾ってくれたのに、こんなになってしまって。もっと恩返ししたかったけど、もう返せそうにない。

これが私の限界でした。

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