休職中の過ごし方:お出かけ。気晴らしに昔の職場を訪れてみた

通勤電車イメージ 休職中の過ごし方

気晴らしに出かけてみた

適応障害で休職の極意はとにかく休むこととである
また、よく言われているのが自分を甘やかすことである。
ただし昼夜逆転するような自堕落な生活リズムはいけない
規則正しい生活を行うのが必要である。

休職中の過ごし方。思いつくことをやってみる

午前中は家計簿を確認していた。
家計簿といってもクラシックなノートのものではなく、マネーフォワードを利用している。

利用者数1000万人

買い物はクレジットカード中心なので自動的に連携され、スーパーの名称であったら食費など費目まで自動で付けてくれる。便利だ。ここ最近かさんでいる医療費や指圧などは現金のため手入力が必要だった。こんなふうに家計簿をゆっくり確認する時間の余裕もなかったなしみじみ感じた。

駆け出しSEだったころの現場を訪れてみる

さて、今日は行ってみたいところがあった。新宿から1時間弱の神奈川のとある場所だ
14、5年ぶりになる。

なぜ、行ってみたかったかというと、SE(システムエンジニア)駆け出しの時、小さな会社に所属していたのだが、派遣契約でソフトウェア開発の現場(大手企業)に行っていた。上京して一発目の仕事場所だった。私と私の教育係ということで先輩の2名がうちの派遣された。プロジェクト自体は5、6人いただろうか。経験豊かな、きっと今は引退しているであろう年齢の方も、よその会社から来ていた。

当時現場は炎上プロジェクト。人間関係も最悪

ちなみに我々が合流した時点でプロジェクは炎上気味という過酷な現場だった。ネットも使えず、調べものもできずC言語の分厚い本を鞄に入れていたのを思い出す。電車+バスで往復2時間以上、しかもフレックスではない。教育係であった先輩が飲み込みが悪く使えず、なぜか新人の私の方が勘所が良かったのと、プロジェクトであったら出身会社関係なしというマインドでいたので、経験豊かな方に質問しているうちに気に入られ、「これ知ってる?」など聞きもしないのに教えてくれる中になった。発注先も私の先輩を差し置いて、私に直接確認事項など質問するようになった。自信もついた。
この私とベテランさんの2名の関係は良好なのだが、先輩含め「何、よその会社の人と口聞いてるの?」と自分でメンタルブロックを起こしているひねくれた面々だったので、我々2対3か4人という構図になっていた。職場の人間関係は最悪だ。

寝坊対策でスーツ着たまま寝る

移動だけで朝も早いし、夜も遅い。遅れまいとスーツ着て布団に入ったこともあった。
今では、はしたなくて絶対しないが、電車でおにぎりという有様だった。勤務表も自社向け・他社向け・プロジェクト向けと3つ出していた。狂っている。

発狂してプロジェクトから抜けたかった

当時も「気でも触れてプロジェクトから抜けれたらいいのに」と思っていたが。当時の私のメンタルは強かった。若さゆえに乗り切れたのだろうか。今思い返しても当時の方が職場環境的に最悪である。適応障害どころか鬱を発症してもおかしくない環境であっただろうに。今回適応障害を拗らせたのも、この20代前半の過酷な状況でも問題なかったから大丈夫なはずという過信が潜在意識にあったのかもしれない。

今では炎上プロジェクトも良い思い出。自信がついた

結局プロジェクトは予算の関係で立ち消えとなった。とはいえこの劣悪な環境はいい経験になった。

  • 経験年数は関係ない。センスだ
  • 結局新人だろうが自分自身でSurviveしないといけない。教育係も助けてくれない
  • 会社・肩書関係なしに周囲と仲良く素直にやっていると自然と協力者が生まれる
  • つまらないメンタルブロックは外せ
  • 失敗するプロジェクトは、なるべくしてそうなる
  • みている人はちゃんと評価してくれる。たとえ社外であっても

この時に体得した教訓がこの後の仕事に生かされてきた。
SEという職種を超えマネージャーになってもだ。

当時はキツかったが、14、5年ぶりに訪れて見ると良い思い出である
建物自体はそんなに変わっていないが、塗り直され、裏口の門もきれいになっていた。
周囲は産業道路の殺風景で何にも面白みはないのだが、
私としては昔を懐かしむには十分だった。

今回の適応障害も近い将来「そういえば、そんな時もあったね」と笑い飛ばせる日が来ることであろう

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