健康経営の新時代

日本企業、20年遅れのウェルビーイング向上対策 健康経営の新時代(1)健康企業代表・医師 亀田高志

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日経BizGate読者の皆さんは、このウェブページ上のタグにある「ウェルビーイング」という言葉をどのように理解されているでしょうか。仕事柄、様々な職場で健康管理やメンタルヘルスに関するセミナーを担当してきましたが、新型コロナウイルス感染症の流行拡大の前までは、このウェルビーイングを説明しても受講していただく人々の反応は鈍い印象でした。けれどもウェルビーイングという言葉は、この1〜2年の間に盛んにメディア、書籍で取り上げられるようになりました。企業のホームページ上でも、SDGs(持続可能な開発目標)やダイバーシティー(多様性)、インクルージョン(包摂性)と同じようなキャッチフレーズとして使われる頻度が増えたと感じます。難しいのは、ウェルビーイングに当てはまる日本語がないという課題です。

健康の定義に示されたウェルビーイングを読み解く

ウェルビーイングの説明で、しばしば引用されるのは、第2次世界大戦が終戦を迎えた直後の1946年に作成され、1948年に発効した世界保健機関(WHO)憲章の前文に示された「Health」すなわち「健康」の定義とされる以下の英語です。

「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.」

これを

「健康とは、肉体的にも、精神的にも、社会的にも、完全に良好な状態であり、単に病気ではないとか、不調ではないことだけではない」

と訳すことができます。

ウェルビーイングは「すべてが満たされた状態にあること」と訳されることもありますが、全く同じ意味の日本語がないのです。かつては個人と社会のいずれか、ないし両方が安らかである様子を意味する「安寧」という言葉を充てたり、今やより直接的に「幸福」や「幸せ」と訳したりしている場合もあります。英語のwell-beingは、個人、共同体、物事といった側面で幸福以外に健康、繁栄、福祉を意味するようです。

グローバル企業は20年以上前から取り組む

このような背景があるため、ウェルビーイングという言葉に対して一人ひとりの解釈は多様であるものの、ポジティブな意味合いは上述のように浸透してきました。また、専門家の発信する定義もおのおの違いがあり、邦訳よりもウェルビーイングという言葉がいわゆるカタカナ英語として使われ、健康経営と並び「ウェルビーイング経営」という呼び方も生まれてきました。

個人的な話で恐縮ですが、20年近く前まで働いていたグローバル企業で国内拠点の産業医、そしてアジア太平洋地域の健康管理を担当していた際、所属部門はグローバル規模で「ウェルビーイング・サービス」という名称でした。当時もウェルビーイングは医学や健康管理の専門家には学生時代に学ぶごく当たり前の言葉でしたが、そうしたネーミングは国内企業にはなく、私にはとても新鮮であったことを覚えています。

部門のトップは本社のバイスプレジデントで、労働安全、労働衛生、健康管理、そして職場の人間工学の各専門家が一つの部門に統合されていました。この「ウェルビーイング・サービス」は、各国の人事部門に統合され、組織のミッションは明確で、個人に対してはウェルビーイングの維持向上、組織に対しては①リスク管理②コンプライアンス順守③生産性の向上の3つとされていました。当時の日本では労働安全衛生マネジメントシステムはいまだ一部の専門家しか取り扱わない分野でしたが、グローバル規模で組織全体がPDCA(計画・実行・評価・改善)のマネジメントサイクルで運営され、健康管理部門であっても日本を含む各国の拠点では本社の業務審査部門の厳しい内部監査を定期的に受けていました。当時は珍しかった専門産業医を目指し、欧米の手法をじかに学んでいた私はそうした手法の利点を肌で感じていたものの、国内では一般的ではなく、残念でならなかったことを覚えています。

国内の健康管理は日本の安全衛生法令の要求事項が優先になりがちで、事業所や工場の中で行われる、メタボリックシンドローム対策を主眼とした定期健康診断の実施と保健指導やストレスチェックの実施と事後措置が中心です。20年以上の時を経て近年ようやく、経済産業省等による健康経営の展開によって、健康管理においても個人と組織の生産性の向上が注目されるようになりました。厚生労働省による職場の危険有害要因を評価し、合理的かつ計画的に改善する労働安全衛生マネジメントシステムやリスクアセスメントといった施策も進みつつあります。海外との商取引も意識されて、国内企業でも労働安全衛生・健康管理を対象とするISO45001の規格認証を受ける企業が増えています。

健康診断だけでは達成できないウェルビーイング

ウェルビーイングには、上述のWHOの定義の通りに、肉体的(身体的)、精神的、社会的にという3つの側面があります。読者の皆さんはこの3つの側面が、「全て満たされている」と感じることができるでしょうか。

定期健康診断はウェルビーイングのためというより、身体の病気の予防と早期発見が主眼です。ストレスチェックもメンタルヘルス不調の未然防止と共に、頻度は少ないですが、早期発見も目指しています。しかし、職場で受けるこれらの健康管理の対応によって、身体的、精神的、社会的に満たされるようになっている、とは感じにくいのではないかと思います。

上述のアジア太平洋地域の拠点での対策は20年以上前から幹部、管理職、一般従業員に対するウェルビーイングの維持・向上が主眼でした。例えば、家族の病気のような個人の抱える問題への支援や海外出張中のけがへの対応、ビジネスイベントへのサポートも当然のことと捉えられていました。

当時のアメリカ人の上司と大ボスのふたりは盛んに運動に取り組み、お互いの体脂肪率のことを話したりしていました。病気や不調の予防より、生産性を高めるために日々のコンディション作りに励んでいたのです。

次回はウェルビーイングにおける身体的、精神的、社会的な側面の維持向上を念頭に、3年前から急激に進んだ在宅勤務を中心とするテレワークにおける工夫やヒントをご紹介したいと思います。

亀田 高志(かめだ・たかし)
労働衛生コンサルタント、日本内科学会認定内科医、日本医師会認定産業医
 1991年産業医科大学医学部卒。職場のメンタルヘルス対策、高年齢労働に伴う安全衛生・健康管理及び感染症を含む危機管理対策を専門とし、企業や自治体、人事担当者や専門家向けにコンサルティングと教育・啓発を手掛ける。福岡産業保健総合支援センター産業保健相談員、国際EAP協会日本支部理事、日本産業衛生学会エイジマネジメント研究会世話人を務める。社会保険労務士がメンタルヘルス対策等を学ぶ「健康企業推進研究会」を主宰する。
 著書は『管理職ガイド〜はじめてでも分かる若手のトリセツ(令和のZ世代を受け入れ、育て、問題に対処するポイント)』(労働開発研究会)、『第2版 管理職のためのメンタルヘルス・マネジメント』(労務行政)、『改訂版 人事担当者のためのメンタルヘルス復職支援』(同)、『【図解】新型コロナウイルス メンタルヘルス対策』(エクスナレッジ)、『課題ごとに解決!健康経営マニュアル』(日本法令)、『社労士がすぐに使える!メンタルヘルス実務対応の知識とスキル』(同)等。

 

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