働く人のストレス状況はますます深刻になっています。コロナ禍で働き方が多様になったものの、社員が孤立化し、一人で多くの仕事を抱えてメンタル不調に陥ることもあります。働く人のメンタルヘルスに関連した「お悩み」について産業医が回答する本連載。今回は精神科医・産業医の奥田弘美先生が、「定年退職が近づきつつあるが、その後の展望が描けなくて悩んでいる」というケースについてお話しします。
仕事人間ほど、定年退職後の過ごし方が思い描けない。場合によっては、定年がきっかけで「抑うつ状態」になることも(写真はイメージ=PIXTA)
仕事人間ほど、定年退職後の過ごし方が思い描けない。場合によっては、定年がきっかけで「抑うつ状態」になることも(写真はイメージ=PIXTA)
今回の「お悩み」
定年退職後の生活が心配です

 我が家は子どもなしの共働き世帯です。これといった趣味もなく、仕事に没頭して生きてきました。

 おかげさまでそこそこの成果も出て、それなりの管理職も任されましたが、55歳で役職定年となってからは、若手社員の教育やサポートをメインに仕事をしています。

 今まで仕事に没頭し、成果を上げることに生きがいを感じていた自分にとって、はっきりいって毎日がつまらなくてなりません

 60歳の定年までは我慢して勤め上げようと思いますが、その後は組織の人間関係の中で仕事をするのは疲れるため、再雇用制度は活用せずに退職しようと考えています。退職後は、仕事に捧げた現役時代とは別の違う人生を生きてみたい、と漠然と考えています。

 とはいえ、退職後の生活に対して具体的な展望を持っているわけではなく、あり余る時間をどのように使っていけばいいのかと頭を悩ませている毎日です。

 妻は、再雇用制度を利用してできるだけ長く働くと言っていますので、私の個人年金や蓄えなどを合わせれば、経済的にはなんとかやっていけそうです。妻とはお互い仕事中心で生きてきたので、付かず離れずの同居人的な関係性であり、夫婦で共通の趣味を見つけて仲良くやるというイメージも湧きません。

 仕事に没頭して生きてきたために、プライベートで仲の良い友人もほとんどおりません

 「定年後うつ」になったという元上司の噂を小耳にはさむこともあり、私のような無趣味な会社人間は、退職後をどのように過ごせば、うつにならずに生きがいを見い出せるのか、と悩んでいます。

 生きがいは自分で見つけていくものだとは重々分かってはいるのですが、何か参考になるケースがあったら教えてください。

(57歳会社員 男性)


※取材などを基に得た情報から創作した「お悩み」です。また、このコーナーでは「お悩み」を募集しております。詳しくはこちら

仕事人間ほど「定年後うつ」のリスクは高い

 定年後の第二の人生に向けて、いろいろ思索を始めていらっしゃるようですね。50代半ばの筆者にとっても、非常に興味深いテーマです。

 精神科医という多種多様な人々の人生に深く関わる仕事を通じて、筆者自身も「定年退職後の第二の人生にスムーズに移行するためには、50代のうちに『頭の体操』を始めて模索しつつ、できる限りの準備をしていく必要がある」と感じています。

 筆者も現在進行形で模索中であるため、人生の大先輩の助言のようにはいきませんが、今までの医師人生を通じて得られたヒントとなりそうな事柄をいくつか共有させていただきます。

 筆者が精神科医として出会ったいくつかの「定年後うつ」のケースでは、その多くが「孤独」と大きく関係していました。

 相談者さんのように仕事に生きがいを感じ、日々の時間の多くを仕事に費やしてきた人に多いのが、「気がつけば肉親以外の人間関係のほとんどが仕事関係」というケースです。

 しかし、仕事を媒介にした人間関係は、基本的には何らかの利害関係によって結ばれた関係であるため、仕事を離れれば消滅していくことがほとんどです。

 定年後に家庭以外の自分の居場所や人間関係が一気になくなってしまうと、孤独にさいなまれやすくなり、場合によっては「抑うつ状態」に移行してしまうこともあるようです。

 そのような状況を避けるために、50代で仕事に余裕が出てきたときに、「仕事の名刺抜きで付き合える人間関係と場所」を意識して増やしていくことをお勧めします。

 とはいっても、いきなり仕事以外の人間関係をどうやって増やしていけばいいのか、と戸惑われるでしょう。大人になってから仕事以外の知り合いや友達を作るのは、かなりハードルが高いのも事実です。

 そこで、次のような出会いの場を利用してみてはいかがでしょうか?

ヒント1:若い頃の趣味を再開してみる

 中学や高校、大学などの学生時代に、興味を持ったり、少しかじってみたりした趣味や活動について、まずは思い出してみましょう。

 例えば、小学校時代は、「水泳教室に通っていた」とか、中学校時代は「写真部に入っていた」とか。部活動や習い事以外にも、「中高のころ美術で絵を描くのが好きだった」「友達とプラモデルづくりを競争していた」など、短期間でも好きだったことや、ハマっていたことも思い出してみてください。

 実際にやった習い事や部活動でなくても、「チャンスがあったらやってみたかった」と思っていたものはありませんでしたか?

 例えば、「英会話をもっと習いたかった」「ギターを弾いてみたかった」とか、「理系に進んだけど、歴史や文学をもっと学んでみたかった」「小説や漫画を書いてみたかった」などなど。思いついたら、年代順にどんどん書き出してみましょう。

 その中から、「今でもやってみたいな」「少し興味を感じるな」と思うことをピックアップして、実際にスクールやセミナー、社会人サークルなどがないか、探してみます。インターネットで検索すると、意外といろいろなスクールや社会人向け講座が開催されていたりしますし、SNSなどで検索すると、趣味系の社会人サークルも数多くあります。

社会人向けの趣味のサークルや教室を探し、自分の興味のあるものに挑戦してみよう(写真はイメージ=PIXTA)
社会人向けの趣味のサークルや教室を探し、自分の興味のあるものに挑戦してみよう(写真はイメージ=PIXTA)

 「ちょっと参加してみたいな」と思える教室や団体があったら、思い切って問い合わせをしてみましょう。なおスクールや習い事の場合のポイントは、個人レッスンではなく、グループレッスンを選ぶことです。

 過去に自分が少しでもかじったことや経験していたこと、興味があって深掘りしてみたことは、何となくなじみがあり、チャレンジするハードルが低くなります。まずは気軽に「体験」で参加してみて、雰囲気が合いそうならばしばらく続けてみましょう。和気あいあいとした雰囲気の習い事やサークルであれば、知らないうちに知り合いも増えていきます。

 逆に、何度か通ってみても、雰囲気になじめない、楽しさを感じられないようであれば、さっさとやめて次に行くとよいと思います。知人のシニア女性は、「大学生のころカラオケが好きだったので、いくつかのジャンルのボーカルレッスン教室を何カ所も通ってみて、最終的に社会人コーラスグループのサークルを見つけ、今はそこの仲間と毎週集まってコーラスを楽しんでいる」と言っていました。一度でぴったりのところが見つからなくても、トライ&エラーで気長に探していくのがコツだと思います。

 また趣味をベースにした活動だと、たとえ知り合いがそれほどできなくても、新たな生きがいにつながる可能性もあります。

 「若い頃、カメラマンにあこがれていたのを思い出し、一念発起して50代から写真教室に通った。定年後はあちこちに写真撮影に行ってSNSにアップして、写真好きと交流を楽しんだり、コンクールに応募するのが生きがいになっている」という男性にも出会ったことがあります。

ヒント2:ボランティア活動に参加してみる

 趣味の教室やサークルが見つからない場合は、人が集まるタイプのボランティア活動に参加してみるのも、知り合いを増やしていくのに有効な手段です。

 海岸や町の清掃ボランティア、さまざまな募金活動、病院ボランティアや文化施設などでの案内ボランティアなど、シニア世代でも参加できるボランティア活動は少なくありません。

 各地域にはボランティアセンターがありますし、ボランティア活動の情報をまとめたインターネット・サイトもあります。

 人の役に立つことをすると、生きがいにもつながっていきます。

 筆者の知人の先輩女性は、地域のボランティアセンターを通じて参加していた活動で友人になった女性とともに、定年後にシニア女性向けの絵本の読み聞かせボランティア会を発足させ、現在も活発に活動しています。

 仕事に生きがいを得てきたタイプの人は、個人的な趣味を追求するよりも、ボランティアを通じた社会参加に生きがいを感じやすい傾向もあるようです。まずはお試しで参加してみてはいかがでしょうか?

ヒント3:社会人向け講座などで学び直し

 多くの人は、若い頃から選択を重ねて、現在の仕事を最終的に選ばれたのだと思います。その選択の過程で、「迷ったけど選ばなかった進路」、「経済的な安定を考えて切り捨てた夢」があったのではないでしょうか?

 それらをじっくりと思い出して、もし今も興味が残っているのであれば、定年後こそ再トライしてみることをお勧めします。

 ほとんどの大学には社会人向け講座が開催されていますので、仕事帰りや土日を利用して気軽に参加することが可能です。

一部の大学や大学院では、社会人入試の中にシニア特別枠を設けている(写真はイメージ=PIXTA)
一部の大学や大学院では、社会人入試の中にシニア特別枠を設けている(写真はイメージ=PIXTA)

 また、一部の大学や大学院では、社会人入試の中にシニア特別枠を設けているところもあります。正規の学生になるのはハードルが高い場合は、「聴講生制度」や「科目等履修生制度」を利用することもできます。

 学生時代は、学校という場所に集うことで、友達が容易に作れました。なぜかというと、利害関係のない人たちと定期的に顔を合わせ、同じ授業を受けることで共通の話題があったからです。

 社会人やシニアになっても、学校という場を利用すれば、同じ条件がそろいます。60代から新たな分野で学び直しをしつつ、再び「学友」と出会ってみるのもよいのではないでしょうか?

 ちなみに学び直しをしたことで、そこで出会った仲間と起業し、営利を過剰に追求しないで、「晴耕雨読ののんびりモード」で仕事をしているシニア男性とも出会ったことがあります。

 以上、精神科医として出会ったシニア世代の人々のケースを交えながら、第二の人生に向けてのヒントをいくつか挙げてみました。お役に立てれば幸いです。

 なお、古代インドでは、「四住期」といって、人生を「学生期」(10歳前後から20代半ばまで)、「家住期」(20代半ばから40代まで)、「林住期」(50代~70代半ばまで)、遊行期(70代以降)という4つに分けて考えるそうです。50代からの林住期は、家族や社会のために働いた家住期を終え、社会のしがらみから徐々に離れて、本当の自分と向き合いながら生きる時期とされています。

 定年後に始まる本格的な林住期を悔いなく過ごすために、50代に入ったら、少しずつ準備をしていきたいものですね。

※筆者が本文で取り上げた事例は、実際にあった例から個人情報保護のため設定や内容を一部変更したものです

「お悩み」を募集します

このコーナーでは、産業医に尋ねたい、働く人のメンタルヘルスや健康ケアに関する「お悩み」を募集しております。以下からご応募ください。

募集期間:2023年1月31日まで)

※寄せられた相談のすべてに回答する企画ではございませんのであらかじめご了承ください。また個人情報保護のため内容を変更したり、他の相談と融合したりすることがあります。
奥田弘美(おくだ ひろみ)氏
精神科医(精神保健指定医)・産業医(労働衛生コンサルタント)・株式会社朗らかLabo代表取締役
1992年山口大学医学部卒。精神科臨床とともに、都内約20社の産業医を兼務し、日々多数の老若男女の心身のヘルスケアを行っている。執筆活動も精力的に行っており、近著には『「会社がしんどい」をなくす本』(日経BP)、『心に折り合いをつけて うまいことやる習慣』『不安と折り合いをつけて うまいこと老いる生き方』(中村恒子氏との共著、すばる舎)などがある。

[日経Gooday(グッデイ)2022年12月9日掲載]情報は掲載時点のものです。

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